翻訳と普段使わない言葉

テレビや小説をみていると、絶対に日常生活では使わない言葉に巡りあう事はないでしょうか。

「ちくしょー」とか、「なんてこった」とか、「神様助けて下さい」など、普段ならば絶対に口にしないし、聞いた事のない様な言葉を見かける事があります。

小説やテレビに出てくるセリフなど、全て日常からはかけ離れていると言ってしまえば、そこまでになってしまいますが、これらのセリフが多く使われているのは、海外の映画や小説である事が多い気がします。

翻訳者や翻訳会社が、外国人ならば、と大袈裟に翻訳をしてために上記の様な表現を使っているのではないでしょうか。

そして、「みせた」と言う表現が多用されている時も気になります。

大袈裟な表現かもしれませんが、「私は、彼女に手を振ってみせた後に、その場を離れてみせ、もう一度もどり、一段と大きく手を振ってみせた」と言う様な表現ですと、しつこすぎる表現だと思いますし、これらの表現を多用するのも、海外の小説などを翻訳しているものに多い気がしますが、「みせた」と言う表現が、きざなイメージを感じさせるので、先入観なのかもしれません。

翻訳と言語IQ

IQの中には、言語IQと言うものがあるそうで、言語IQが高い人間は、言葉をすらすらと出せたり、文章力をもっている場合があるそうですが、一見、人と話すのが苦手だったり、口籠ってしまったりする人物でも、言語IQが高い場合があるそうで、これは、頭の中ではしっかりと文章を作る事が出来るのに、口に出すことが出来ない、言わば性格の問題の様なものだそうで、小説家などでこの様な人物を見る事はあります。

そして、逆に口が回っている様に見えても、話している内容は、中身のない事を話していたり、自分の言葉以外で話す事が出来ないので、言語IQが低い事もあるそうです。

上記した、自分の言葉以外で話す事が出来ないと言う意味は、例えば、文章をつくる時において、セリフなどで、「よーし、今から遊びに行こうぜ」の様に、自らが日常で使っている言葉の様な文章しか作れないと言う事で、これは、翻訳会社や翻訳者も気をつけなければいけない所です。

いくら、専門知識と語学力があったとしても、言語IQが低ければ、翻訳した文章が、稚拙な文章に感じてしまう場合もあります。

流石にその様な人物を、翻訳会社が雇う事は考えづらいですが、語学力や専門知識をもっているだけでは、駄目だと言う事です。